いわき市勿来地区災害ボランティア活動記録 3/5/11

ゴールデンウィークは震災の影響でなくなってしまったが、この日だけは会社(工場)の水道契約の関係で断水するとのことで、一日だけ休みとなった。

そこで再びいわき市勿来地区の災害ボランティアセンターに行き、ボランティア活動に参加してきた。


朝7時に家を出て8時10分頃にボランティアセンターに到着。
この日の活動は、倒れたブロック塀や屋根から落ちた瓦の片付け作業だった。

海岸近くのお宅だったが、津波の被害は無かったようだった。ただし、近くの道路は隆起や陥没が激しかった。

当初の予定では3軒のお宅を伺うことになっていたのだが、2軒目の作業を終わったところで3軒目の作業がなくなったとの連絡があった。


作業が早めに終わったので、事前に聞いていた、いわき市の中でも被害がひどいうと言う海岸沿いの地域の様子を見てこようと思った。
具体的な場所がわからなかったので、とりあえず灯台のある塩屋埼を目指した。

車にカーナビは無いが、震災後に緊急で無料でダウンロードできるようになったiPhoneの地図アプリMapFanにカーナビ機能がついていたので、今回のいわき行きで初めて使ってみた。

目的地に塩屋埼と入れて走ると、途中まではのどかな風景が続いていたが、とあるトンネルを越えると突然道路の両側にがれきが積み上げられて、ゴーストタウンのようになった景色が飛び込んできた。


岩手や宮城の沿岸部の被害の映像はテレビで見ていたが、それとあまり変わらない風景が、ここ福島県いわき市にもあったのだった。

福島は原発関連の報道ばかりで津波被害についての報道はあまり記憶が無かっただけに、目の前の風景は衝撃的だった。


ボランティア活動を行っていた勿来地区もいわき市内だったが、田園部と海岸部では被害の度合いが違っていた。カーナビの指すルートもどこを通っていいかよくわからないくらいだった。

がれきの山をすり抜けて堤防がただの塊となっていくつも転がっている道路を通り塩屋埼にたどり着いたが、灯台へと続く歩道は通行禁止となっていた。灯台の麓にある美空ひばりの歌碑を見ていると雨が降り出してきたので、帰ることにした。


地図で見ると、先ほど通り過ぎた地域が豊間地区ということを確認した。

帰りにもう一度海岸沿いを走ると、かろうじて残っていた家の壁に、ガムテープで「トヨマ復興スッゾ」と書かれていたのが印象的だった。




ボランティア活動の様子。




勿来地区災害ボランティアセンター。




豊間地区の様子。



豊間地区の様子。




豊間地区の様子。
壊れた堤防が道路に転がっている。



海沿いの家。「復興スッゾ」の文字が見える。