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石塚観光ボランティアバス 東松島市

水戸市内の観光バス会社の石塚観光は、東日本大震災の直後からボランティアバスを走らせていた。茨城県内だけでなく、遠方の人もわざわざ茨城に来てこの石塚観光のボランティアバスに乗って東北に行っていたことはよく耳にした。僕も宮城に行くようになってからはよく往復の高速道路で石塚観光のバスを見かけたものだ。


仕事の都合で急に予定が変わる可能性があるため休みの予定をあらかじめ決めておくのが難しい僕は、フリーで参加できる現地集合現地解散のところにしか行けなかったが、一度はボランティアバスというものにも参加してみたかった。そしてこの日、やっと参加することにした。


那珂市役所前を朝の4時30分に出発するというので、4時過ぎに家を出る。スコップ団に初めて参加した頃もこの時間帯に出てたけど、今回はバスに乗っていれば活動場所に連れて行ってくれるので気楽だ。今日の参加者は42名。隣に座った人は川崎から来た方で、すでに何度かこのバスに参加しているらしい。他の参加者も何度目かという人が多そうだ。


常磐道、磐越道、東北道、そして仙台南部道路三陸道を経由して東松島市に向かう。バスの中では、東日本大震災宮城県の様子がビデオで流され、これから向かう地が相当な被害を受けたところであることを再認識して気持ちが引き締まる。宮城県気仙沼出身の添乗員さんからも、「忘れてないよ、のメッセージ。行くこと自体がボランティア。」という、石塚観光が茨城から毎週ボランティアバスを出す意味、ボランティアバスに込める思いを聞かせてもらった。


そしてバスは本日の活動場所である野蒜海岸に到着した。ボランティアバスも最初の頃は家の泥かきなどを行っていたようだけど、今の時期は復旧というよりは復興に向けての作業が中心となる。そのためにまずは海岸清掃だ。海岸には流木を始めとしていろいろなものが流されているのを、砂浜の後ろの方に寄せるという作業。

単純だけど、何度も往復すると疲れる。
海岸清掃は、大地震と大津波による被害というよりは先日の大雨の影響の方が大きいような気もして、活動自体は対した意味がないかもしれないが、茨城から宮城に行ってるという行動に意味があると思う。どちらにしても現在は開催の見通しが立たない宮城県の海水浴場がオープンできるように手を貸そう。用意された土嚢袋には、水戸市の小学生の書いた復興メッセージが書かれているのが微笑ましい。

添乗員さんも一緒になって作業をする。石塚観光の社長さんも時々はボランティアバスに乗って活動するらしい。海岸にはサーファーの姿も目についた。


12時近くになって一旦海岸清掃は終了。バスで近くの縄文村というところに移動してお昼休憩。お弁当が配られる。石巻のお弁当屋さんのもので「絆弁当」という名前がついているのでありがたくいただく。

ただし中身が僕の食べられないハンバーグ弁当だったので、ご飯と付け合わせだけ食べた。


午後は、JR仙石線の東名駅近くの道路沿いにあるひまわり畑の除草作業。東名駅といえばここに来るまで気がつかなかったけど、震災の写真集にも載っていた場所だった。今は線路跡地の周りはすっかりきれいになっているけど、津波の直後は瓦礫が辺り一面に広がってひどい有様だった。よくぞここまできれいになったものだと思う。


そして茨城県の仲間から宮城県の友達に気持ちを込めて作ったひまわり畑がこの東松島市にあるのだ。僕は今回が初めてだけど、石塚観光が毎週毎週宮城に来て瓦礫の撤去や泥かきのお手伝いをして、そして希望のひまわり畑を作っているのを実際に目にすると感動してしまう。そしてやっとその一員になれたことを嬉しく思う。


午後3時前には本日の作業が終了した。帰りは松島のお土産屋さんに立ち寄ったのでお土産を買って復興支援を行った。

帰りもうちの近くの佐和高校の生徒さんの活動のビデオを観たりしながら、夜9時前には帰宅。今回初めてボランティアバスで宮城に行ったけど、心配していたバス酔いもせず、自走もしなくて済んだし、とても楽チンだった。いつもこんなのだとちょっと緩すぎるけど、たまにはこういうのもいいか。何事も経験だ。


後日、読売新聞の茨城広告版に、この日の添乗員さんが紹介されていたのでびっくりした。