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いわき、富岡

今日はいわき市で震災以来一般の見学が中止されていた塩屋埼灯台が再開されるのと、こちらも震災以来ずっと通行止めだった常磐道広野〜常磐富岡間が再開通するという日なので、出かけてみることにしました。

塩屋埼灯台に行く前に小名浜のいわき・ら・ら・ミュウに寄り、2階で開催されているいわきの東日本大震災展を見てきました。

去年から開催されていて、8月には終了するはずだったのがずっと延長されていたので、やっと見ることができました。いわきの被害の様子を伝えるパネルの他、避難所の段ボール仕切りによる生活や、災害ボランティアの道具等が再現されていました。いわきには震災後に災害ボランティアとして何度も訪れたので、その頃のことを思い出しました。


朝が少しのんびりしていたので、小名浜魚市場の目の前にある市場食堂でお昼を食べ終わった時点で午後1時30分になってしまいました。塩屋埼灯台の今日の見学は午後2時までということなので、急いで会計を済ませて塩屋埼に向かいました。

今日は無料開放だったので見学客がいっぱいいるかなと思ったのですが、着いた時はそれほどでもありませんでした。崖の上まで階段を上り、さらに灯台の中の螺旋階段を上ると広い景色が目に入りました。でも北の薄磯地区、南の豊間地区のどちらを見てももう家々はなくなって更地になり、さらにコンクリートの基礎を撤去する工事が行われていました。この灯台自体もふもとの崖の法面にはまだ足場が組んであったりして、まだ完全な復旧工事は終わっていないようです。今日は天気がよくてよかったですが、風が強いので早々に降りてきました。灯台の下には津波の犠牲になった女の子が描いた灯台の絵がデザインされたハンカチも飾られていました。

灯台の次は薄磯地区の工事の様子を少し見た後、市の北部の久之浜地区に行きました。途中の舞子浜あたりでは防潮堤の工事が行われていました。


久之浜地区も、すでに基礎撤去の工事が本格化していて、海岸の方には近づけなくなっていました。

その後、常磐線の線路を挟んだ小学校にある浜風商店街に立ち寄りました。

ここで、同じグループ会社に勤めるTさんに会いました。Tさんがいわきに行くことは事前に言っていたので、どこかで会えるかなとは思っていたのですが、僕が出遅れたのでTさんはこれから商店街を出るところでした。少し情報交換をして、僕はもう少しこの浜風商店街にいました。話し好きのお母さんたちにコーヒーをもらって話をしたり、電気屋さんのお店の中で震災の日の津波の様子の写真や動画を見せてもらったり。自分の住んでいる街が流されている姿を何度も見るのはつらいだろうに、こうやって訪れる人たちに伝えようと見せてくれるのです。最後に試食させてもらったごぼうチップスを2つ買い、飴は持ってって、というところを募金箱に小銭を入れて商店街を後にしました。


次は四倉ICから常磐道に乗って富岡まで行きました。広野を過ぎた辺りから、ところどころに放射線量を示す表示板が設置されていました。富岡ICを出てからJR富岡駅まで行ってみました。まずは駅の近くにある慰霊碑にお参りをします。

富岡駅には以前も行ったことがありましたが、震災から3年が経とうとしているこの時期でも周辺の家々はまだ津波被害や地震で崩れた状態のままでした。富岡町は立ち入り制限が緩和されたとはいえまだ自宅に帰って宿泊することは特例を除き認められていません。まだこんな状態なんだというのを実際に目で見てみると言葉を失います。

この日の他の写真はfacebookのアルバムで。