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いわき

阪神淡路大震災から20年のこの日、いつもより早く起きて地震発生時刻の5時46分に黙祷しました。

20年前のこの日は3連休明けの火曜日の朝でした。
最初は犠牲者1000人と出て、一日経つごとに1000人単位で犠牲者が増えていくのが恐ろしかったです。
当時神戸の女の子と文通していたのですが、すぐには安否が分からなくてハガキを出しました。もし万が一のことがあった場合でも他の人が気がつくようにとハガキにしたのです。
結局その子は無事でしたが、当時の僕には神戸は遠かったのです。この時が災害ボランティア元年と言われた時でしたが、現地に行くことが出来ない自分がもどかしく思いました。

その後東日本大震災が発生しましたが、この時は何かをせずにはいられませんでした。まずは地元の茨城、ひたちなか、その次は北に向かって福島、宮城と足を運びました。あの時は行けなかったけど今度は家からも近い。それなら今度は僕の番だ。その思いで東北に足を運びました。


さて、今日はその後、いわき市に行ってきました。
いわき市の中でも被害が大きかった豊間地区に新しく仮設商店街「とよマルシェ」ができたということで、まずはランチを食べます。

とよマルシェの中にある「B&Bきゅういち」で、いわき名物のさんまのポーポー焼きをホットサンドにしたものを食べました。

このお店のオリジナルメニューで、持ち帰りもできるそうです。
とよマルシェは12月にプレオープン、1月15日に正式オープンしたそうです。「B&Bきゅういち」の他に中華料理屋さん、八百屋さん、魚屋さんがお店を出していて、それからトレーラーハウスの宿泊施設もありました。


豊間地区それから塩屋埼灯台を挟んで北側の薄磯地区はいわき市の災害ボランティア活動で何度かお手伝いに来たところです。その頃はまだ津波にあった家が残っていたり、家が撤去された後も土台が残っていたりしましたが、今は堤防工事やかさ上げ工事が盛んに行われていました。


プールに瓦礫の山が築かれていた豊間中学校は、校舎だけ残してそのプールや体育館はすでに取り壊されていました。



このお寺の周りの側溝の泥かきもやったのでした。隣接する墓地をふと見てみると、3月11日の日付けが刻まれた墓誌があちこちにあったのが印象的でした。

次は海岸沿いを北上して道の駅よつくら港を経由して久之浜地区に行きました。こちらもボランティア活動で来たところですが、やはりここでもかさ上げ工事が行われていました。

久之浜には震災後比較的早い時期にできた仮設商店街「浜風商店街」があります。今日久しぶりに訪れたところ、商店街のおかみさんが話しかけてくれて、前に来たことを憶えてくれていました。前も買ったおいしかったお菓子を今回も買って帰りました。